建築士に仕事をお願いすると、彼らは作りたい建物の図面を作成してくれます。普通は実物の大きさの100分の1とか、分かりにくい所を示す詳細図は30分の1であったりします。
多くの場合、「標準納まり」と呼ばれる全ての建物に共通するような仕様書が既にあって、あとは当てはめるだけ、といったような作り手にとって効率の良い図面もあります。これは、現代の建物の多くが消耗品であり、消費を前提とした認識によって成立しているのです。
さて、箱根関所ですが、関所のあった江戸時代は、建物を造るときの手間に対して、効率を求めた時代ではなかったようです。より素晴らしく、長く後世に建物を残す、そのような意思の表れが原寸図という特殊な作業に凝縮されているのではないでしょうか。
原寸図はその名が示すとおり、建物を原寸大で、墨で板に描く大変スケールの大きな作業です。原寸図では、屋根の曲線や各部の継手・仕口などについて、実物大での作図と確認を行います。ここで描いた形と全く同じものができあがるので、原寸図作成は現場で建物を建てる前の、下準備の集大成と言えます。
美しい屋根の曲線を描くために作成する「しない定規」の一癖ある技法など、原寸図は大工棟梁の企業秘密がぎっしり詰まった作業です。
もっとも箱根関所では復元のための根拠となる『相州箱根御関所御修復出来形帳』(そうしゅうはこねおせきしょごしゅうふくできがたちょう)と呼ばれる第1級の優れた古文書があります。これに記された寸法や構造と矛盾しないように、あらかじめ作成した原寸下図に基づいて原寸図を調整するのは、ただ美しく建物を創るための作業とはまた違った苦労があることも付け加えておきます。
箱根関所の現地では、江戸口御門を始め、手間を惜しまずに造られた復元建造物の数々を見ることができます。現代の建築とは一味違った建造物群を、ゆっくり現地で眺めてみてはいかがでしょうか。
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