関所こぼれ話 / 箱根の関所にまつわる昔の話
シーボルトが見た関所
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 シーボルトは文政9年(1826)に長崎から江戸に向かいました。このときの様子が「江戸参府紀行」という本にまとめられています。シーボルトが箱根関所を通ったのは、行きが4月7日、帰りは5月21日でした。
 (4月7日)…箱根村のすぐ近くにはこの山の交通を遮断して有名な関所がある。将軍の居住地に対する軍事上の重要地点として、ここに設けられていて、「南の国々から江戸へ行く者は誰でもこの隘路を通らねばならないことになっている。使節の一行三人を除いてみな駕籠を降り、歩いて番所を通らねばならなかった。周囲も頑丈な石垣で防護した塁壁の中にはいると、従者がわれわれの乗物の左の扉を開けた。これは婦人や武器がこっそり運びこまれないことを見張りの役人が確かめるためにするのである。われわれは諸侯と同様に取り扱われた。」 

 参考資料 「東洋文庫87江戸参府紀行」シーボルト著、斉藤信 訳(平凡社)

 注意:関所では江戸に向かう婦人は見張っていません。